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2019年11月

2019年11月16日 (土)

ISTSS 35th国際トラウマストレス学会35回ボストン大会観戦記 

2019年11月14日~16日まで、ボストンのホテルで国際トラウマストレス学会第35回大会が開催されている。
中国にはもう何十回も訪問しているし、インドネシア、タイ、ミャンマーなどにも訪問してきた。チリはココロノケアの伝達のために1度訪問したことがあるが、アメリカははじめてであった。直前まで、北海道胆振東部地震後の学校を訪問したり、忙しくしていたせいか、HISからのメールを十分読んでなく、航空ホテルのe-チケットやボストン・ローガン空港から市内までの交通機関などを前日に調べプリントアウトするくらいの準備しかしていなかった。発表もないし気軽に考えていた。
13日の14時35分発大阪伊丹空港から成田へ、成田からアメリカン航空の直行便でボストンへとの予定であった。少しはやい13時に大阪空港についてチェックインしようとすると、ESTA(ビザ)のネットからの事前登録が必要で、許可がおりなければ、渡航できないことがわかった。なんともお恥ずかしい。スマホから、ESTAの登録を急いだが、これが入力項目が相当に多い。出生地や両親の名前、自宅の住所はもちろん、勤務先の住所なども英語で入力しなければならない。30分はかかっただろうか。やっと申請を終えて、カウンターへ。キャンセルするなら、飛行機に乗る前でなければ、ならない。
HISに電話して、どれくらい返金されるのか、尋ねようと電話するが、なかなかでない。やっとつながり確かめると、キャンセルしても、ホテルとパックであったので、ホテルは全額返却されない。航空運賃も2-3万円返ってくるのがせいぜいと。日本航空のカウンターの方の説明によると、「ESTAの申請は72時間前にすること、深夜であればすぐに許可がおりることはあるんですが、成田から出発までの時間に、許可が下りることもありますが、おりないこともあります。おりなければ、全額戻ってきません。どうしますか?」なんとも心もとない。搭乗のdeadlineは迫ってきて、とりあえず、成田まで行って、許可がおりなければ、東京で一泊して帰ってこようと決めた。35万円ほど捨てることになるが、命をとられるわけではないし、自分の怠慢のためだから仕方ないと割り切った。
ESTA申請のメールはすぐに届いたが、許可が下りるとメールがくると、受付の方がいわれた。ボストンへの発券は成田のアメリカン航空のカウンターでしてもらってくださいと、とりあえず、成田までの航空券を入手し、搭乗した。
成田について、アメリカン航空のカウンターに急いだ。コードシェア便だから、日本航空カウンターへと。大阪空港のカウンターでそういってくれればいいのにと思いながら、日本航空カウンターへ。すぐに、許可がおりているか調べてみますと。「はい、許可がおりてます」。許可がおりてもメールはすぐに届かないと説明してくれた。ともかく、これで、ボストンへいける。

 

ボストンへは12時間弱のフライト。チリにはその倍かかったので、それほど長くは感じなかった。ローガン空港には、時差のためボストン時間13日の夕方着いたので、バスで市内へ行くことにした。なんと無料バスがでていた。ホテルにチェックインしてやれやれ。

 

国際学会は、紙媒体はなく、すべて、メール、プログラムはpdfで事前に送られてきていた。
この国際学会に毎年参加されているT先生が、WHOVAをダウンロードしておくと、便利ですよと教えてくれた。メールに来ていた暗証番号を入力すると、すべてのプログラムをモニターでき、自分が参加したいセッションをクリックしておくと、会場、タイトル、スピーカー、サマリーがすぐに読める。毎日、8時20分から19時まで、セッション間は、15分あるし、会場が3Fと4Fであったので、楽に移動できた。また、WHOVAの優れている点は、参加者の名前を検索すると、メッセンジャーでやりとりできる点である。Counselling Psychology Quarterly に掲載された論文の共著者のUCLAのShelby先生にも、すぐに連絡がとれて、14日のWelcome Reception でお会いできることになった。拙い英語で、PFA・SPRとTF-CBTの間に、長期支援ではもうひとつトラウマナラティブにつながるようなコンポ―ネットが必要ではないかとお話した。日本では、いじめ予防・自殺予防に道徳を据えているので、とくに自殺予防の効果は期待できない。一方、アメリカでも教師がストレスマネジメントの授業をすることはなく、専門家による心理教育・ストレス・トラウマケアのプログラムを教育委員会や学校が購入して実施することがあるといわれていた。


14日8時20分からのオープニングは、Herman,J先生の講演だった。1995年、阪神淡路大震災のあと、中井久夫先生が翻訳された「Trauma and Recovery」(1992)の著者。安全⇒服喪追悼⇒社会への結合 は、いまでもさまざまなトラウマ被害者への回復支援のバイブルになっている。

 

ポスターセッションは、一日2回、ある。おおきく、対象(研究協力者)は、VeteranとSurvivor(Abuse,DV,Disaster,Refugee etc)に2分される。もちろん、支援者の二次的外傷性ストレスや、Caregiver、アタッチメントなどの要因分析の発表もある。人が戦争をしなければ、暴力を行使しなければ、ISTSSの発表は、自然災害だけになり、人類がそのような世界を作れるようになることは、期待できない悲しさをも思いながら、拙い英語で質問するとすべての発表者が丁寧に説明してくれ、ポスターを写真にとることを許可してくれた。かなりの発表者がQRコードを貼っており、これから、論文をダウンロードできるようにしていた。日本の学会での録音禁止、撮影禁止では、だれに、なんのために発表するのかと考えてしまう。韓国の方の発表者に発表内容を質問したあと、「日本と韓国の今の関係をよくしていきたいですね」というと、笑顔で、そのとおりと言ってくれた。日本からも数件の発表があり、複雑性悲嘆の研究を続けてこられているN先生と日本語でやりとりできたときは、ほっとしたひと時だった。Disaster preparednessの発表が1件あり、トルネード被害に何回も見舞われているとのことだったので、さっそくメール交換できるようにお願いした。
2日目の認知処理療法(Cognitive Processing Therapy;CPT)のResickの講演は、圧倒的なエビデンス、紛争地での適用、情報ツールの活用と、講演が終わると参加者は立ち上がり拍手はなりやまなかった。考えてみると、人類は言葉の文化で発展してきたので、この療法がトラウマからの回復に寄与できるのは当然といえば当然であろう。

 

私はむしろ、被害者・被災者には、フェーズごとに適した療法があると考えている。退役軍人や性被害の被害者などで、語ることに非常につよい回避を抱えている方には、マインドフルネスや動作法などの身体的アプローチからはいるのがよいように思う。語れるようになると思いだせなかった記憶を思い出し、慣れるというPEの理論と方法が役に立つのではないか。PEの理論では、語れるようになると自責感は払しょくできると考えているが、それでもなお自責を抱えているフェーズではCPTが有効ではないか。そして、ある事例においては今のトラウマ心理療法ではあまり注目されていない力動的なアプローチがもうひとつ必要であると考えている。これはある事例研究からの推論であり、来年の日本心理臨床学会で発表したいし、海外ではどのように公刊されているのか調べてみたいと思っている。

 

シンポジウムでは、兵庫県心のケアセンター設立15年、阪神淡路大震災から25年記念講演・シンポに来日されていたアメリカ国立PTSDセンターのWatson,Patricia先生のシンポで、サイクロン被害者への支援を2つの村への介入を時期をずらして行い、結果としてコントロール群にしていた研究と、シリア難民への介入でランダム配置でコントロール群を設定して効果検証をしていたのには、日本での被災地で、このような研究協力の理解がえられるだろうかと聞きながら思った。

 

あと1日、ボストンでの国際学会を堪能したい。

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