川崎無差別殺傷事件後の心のケア(3)被害にあわれた方それぞれの心の時計
池田小事件時に大阪府知事をされていた太田房江さんがご自身のブログ(&アゴラ)に専門家によるチーム支援の大切さと長期支援の大切さを語っています。一部引用します。
「しかし、それでも、子どもたちの心の傷、PTSDを癒すのは簡単なことではありません。それを思い知らされたのは、当時の被害者のみなさんの声。亡くなった児童の同級生たちが、メディアに少しずつ思いを語られるようになったのを報道でした。」
実は、2001年6月8日の付属池田小学校事件の時代は、心のケアのあり方が世界的にも変わる年だったのです。2001年9月11日同時多発テロがアメリカで起きました。それまで、なるべくはやく被災体験・被害体験を語り表現することがPTSDを予防できると「心理的ディブリーフィング」という手法が世界を席巻していました。しかし、そのディブリーフィング発信のアメリカで起こった同時多発テロ後の心のケアで、そのディブリーフィングでは参加者の満足度は高くても、トラウマ症状が減衰しないことがわかったのです。しかも、被災体験・被害体験を語らせることで、「もう二度と語りたくない」と回避を強め、それがストレス障害のリスクを高めることもわかっていったのです。その後、アメリカでは、新しい心のケアのガイドライン(心理的応急法:サイコロジカルファーストエイド)が専門家によりつくられ、急性期には、被災・被害体験の表現ではなく、安全感の確保が大切だということが専門家の間でコンセンサスをえたわけです。
しかし、「被害体験を語ること」、このことは、心のケアの最も重要な体験のひとつでもあります。
ところが、被害体験によって、この語りの主の心の時計がそれぞれ異なるのです。
最愛の人の命を奪われた方の心の時計は、その事件から、「(心の時計の針は)とまっています」という方が多いです。心はマヒし現実のことと受けとめられない、心の時計はとまったまま物理的時間が経過していきます。
一方、メディアは「被害にあわれた方の今を伝えたい」それがマスメディアの使命だと思い込み、ないしは紙面を埋めるために取材をする。でも、それはあまりにも被害にあわれた方にとって、むごいこと、いまはそっとしてあげるのが私たちにできること、とテレビや新聞やスマホを前にして多くの人が思っていることです。ですから、今は、メディアは、あの犯人の育ちのなかで社会ができることはなかったのか、どうすれば同じような犯罪者をださない社会をつくことができるのか。そして、傷ついた人が日常生活を送ることができるようになるためにはどのような体験が必要なのかを伝える機会にしてほしいです。ストレス障害のリスクが、「強い回避」と「自責感」であることを多くの人は知らないからです。そのことをマスメディアは伝えてほしいのです。このことはまた改めて書きたいと思います。
時が経ち、メディアスクラムがすぎさったとき、やっと声をあげる心境になるご遺族の方が多くおられます。メディアの方は、心の時計の針の刻み方が異なることを知って、息長く寄り添ってほしいと思います。心あるメディアの方は、私たち心のケアの専門家以上にしっかりお話をお聴きできる方がおられます。
体の傷を負って今治療をしている子どもさん、そのご家族。体の傷は負わなかったけど、その場面を目撃した子どもさん・教職員さん。そのニュースを聞いた学校の子どもたち、教職員、保護者さん。それぞれに反応のあらわれ方の時間経過が異なっていきます。
心をマヒさせてがんばりつづけていると、周りは「元気にがんばれていてよかった」と思ってしまいます。しかし、心のなかでは、「自分があのとき・・・すれば・・・」と自分を責めなくてもいいのに、自分を責め続けているかもしれません。
心の時計の針のきざむペースが異なるのですから、それぞれの体験に応じた表現の機会を折々に設けてあげる必要があります。そして、被害体験の語りをいきなり求めるのではなく、まずは、「安心感」、安全な場所(これを大人がしっかり作る必要があります)では安心していいこと、そして人と人のよい「絆」・・・そして、自分に起こっている心身の変化に気づきそれを表現する機会を作ること(ストレスチェックにより自分のストレスとトラウマを知り望ましい対処を学ぶ授業や機会)。
(東日本大震災後の心のケアとして、岩手県教育委員会はトラウマストレスチェックリスト(心とからだの健康観察)を8年間継続して実施してきました。例えば今中学2年生が震災のとき幼稚園さん、小学校の6年間と中1の7年間のトラウマストレスチェックの経過の一覧を参考に、再体験反応がどのように推移してきたのか、そして今どんな体験が必要なのか、その記録を参考にしながら支援を続けています。)
そして、安全なのに危険とおもってしまう刺激や場所に少しずつチャレンジし、自分の体験を自分のペースで信頼できる人に表現、ないしは自分で書き綴ること。それまでの道のりを身近な人が寄り添い、それを専門家がサポートするシステムを今つくる必要があるのだと思います。


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