そんなとき、臨床心理士への相談が救いになった
「そんなとき、臨床心理士への相談が救いになった」
この一言の重みは、なんと表現したらいいのだろう。「被害者支援」という概念を超えるものだと思う。心理療法やカウンセリングでは、世界的には、認知行動療法が全盛だ。犯罪遺族の認知行動療法も開発されている。トラウマの場面の語り、亡くなった人とのよき思い出を写真などを通して語る、そしてイメージの中で故人と語る、そういったプログラムで構成されている。私も、犯罪遺族のカウンセリングや自助グループに立ち会っている。それらのいずれも回復に重要な心理的過程であることは間違いない。しかし、それを短期間で、カウンセラーなりセラピストが、”与えよう”とうすると、うまくいかないのではないかと思う。
トラウマの長時間暴露療法のある講師は、「共感性の乏しい人はこの方法は使わないでください」と言っている。認知行動療法は、クライエントへの豊かな共感性が前提なのである。
この事例では、おそらく認知行動療法を主軸にしていないと思う。おそらく、「支援する-支援される」という関係性を超えた関係性で、この犯罪遺族の方とかかわってきたのではないかと思う。
いま、認知行動療法を研究する人の中に、精神分析やクライエント中心療法を排して、心理士の資格化をすすめようとする人がいる。それは間違いだ。もちろん、エビデンスを重視することには、異論はない。エビデンスを大切にしながら、お互いの技法や理論を切磋琢磨し、支援の方法と理論を充実していく時代にきている。この記事を読みながらそう思った。
一家6人殺傷 「許せぬが、恨まず」 大分市でフォーラム 遺族の父 心情語る
2008年11月30日 01:30 カテゴリー:九州・山口 > 大分
犯罪被害者支援フォーラム(大分被害者支援センター主催)が29日、県庁で開かれ、旧野津町(現・臼杵市)で2000年に発生した一家6人殺傷事件で、加害者男性=当時(15)=から長男ら3人を殺傷された男性(51)が「相手は許せないが、恨まない」との思いで家族の幸せをたぐり寄せようとしてきた8年間を振り返った。
「どうして涙が出るのか、私にも分からない。被害者の心が癒えることはない」。男性は壇上で目頭を押さえた。
8年前の夏。15歳の少年がナイフで長男ら6人を刺した。長男は亡くなり、長女と次男もけがを負った。
長女と次男に病室で、母親ら3人の死を伝えた。「相手を許さなくていいから、恨まないでほしい」。恨んで生きても幸せになれない。そんな思いだった。
それでも自らを責めた。「命は普通にあるものだと、あぐらをかいていた。私自身に責任がある」。そんなとき、臨床心理士への相談が救いになった。「じっと聞いてもらえることが、つくづく大事だと思った」
事件から8年が過ぎ、加害者男性から反省状況などの報告が年2回届く。35歳までの“約束”だ。「手紙で心情を教えてくれる。本当に反省しているなら35歳を過ぎても手紙がほしい」と願う。
男性は臨床心理士や弁護士ら支援者に囲まれて訴えた。「被害者を絶対に1人にしない。力を携えて生きていく世の中になれば、長男が生きていた証しになると思う」
=2008/11/30付 西日本新聞朝刊=
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