« 文科省のスクールカウンセラーに関する調査結果知ってます? | トップページ | 岡山突き落とし殺人事件の少年の過去2 »

2008年4月 4日 (金)

スクールカウンセラー事業予算削減を憂う

文部科学省の平成20年度の予算が文科省のHPに載っています。

平成20年度文部科学省 各局課別予算案等の発表資料一覧
平成20年度予算額(案)主要事項[説明資料]分割版(2)

説明資料のスクールカウンセラーとスクールソーシャルワーカーの部分を転記します。

2.スクールソーシャルワーカー活用事業(新規) 1,537,921千円
いじめ、不登校、暴力行為、児童虐待など、児童生徒の問題行動等へ対応するた
め、教育分野に関する知識に加えて、社会福祉等の専門的な知識・技術を用いて、
児童生徒が置かれた様々な環境へ働き掛けたり、関係機関等とのネットワークを活
用して支援を行うスクールソーシャルワーカーの活用方法等について調査研究を行
う。
指定地域141地域

3.スクールカウンセラー等活用事業補助3,365,315千円(5,050,644千円)
いじめ、暴力行為などの問題行動や不登校に対応するほか、災害や事件・事故な
どの被害者である児童生徒等の心のケアに資するよう、学校における教育相談体制
の充実を図るとともに、子ども等が夜間、休日を含め24時間いつでも相談機関に
相談できるよう都道府県等が行っている相談体制(電話相談)の充実を図る。
また、スクールカウンセラーを小学校へ新たに配置するとともに、子どもと親の
相談員や生徒指導推進協力員を引き続き小学校に配置する。

予算額をみてわかることは、スクールカウンセラー事業が前年に比べ約16億円減額なのに対して、スクールソーシャルワーカー事業が新規に15億円配分されたということです。

教育相談等に関する調査研究協力者会議の提言です(「空も、つながっている」)

スクールカウンセラーに対する評価(「空も、つながっている」)

でも、指摘されていますが、

文科省の昨年度のスクールカウンセラーに関する調査の結果(中学校567校の約74%がSCの時間数を増やしてほしい、約95%がSCは効果的・必要と回答)に反して、スクールカウンセラー事業が大幅に削減されたということです。

スクールソーシャルワーカーの配置に私は賛成です。しかし、スクールカウンセラー事業の予算を削ってほぼその額を配置したことになります。これは、どういうことでしょう?

昨年度の文科省によるスクールカウンセラーの大規模な調査結果が、スクールカウンセラーは評価されていない、ということなら、わかりますよ。でも、違うんです。これほどの予算の削減の根拠はなんなんでしょう?なんのための調査だったんでしょう?この国は、調査結果に基づいて、施策を打つことをしない国なんでしょうか。

なにか、政治が動いたのでしょうか?国会議員のみなさんは、このことを知っているのでしょうか?

虐待問題に対応するのなら、もっと地域の社会資源を有効に活用する方策を検討することを並行に、取り組むべきです。保健センターの保健師さんは、地域に本当に入り込んでいます。児童相談所とも機関としてきちんとつながることができます。ケース会議を招集することもできます。

何度も言いますが、スクールソーシャルワーカーの配置には賛成ですよ。でも、この予算の組み方はないでしょう。

まったく不可解な予算案といわざるえません。

|

« 文科省のスクールカウンセラーに関する調査結果知ってます? | トップページ | 岡山突き落とし殺人事件の少年の過去2 »

コメント

MooさんのBLOG
http://www.doblog.com/weblog/myblog/40454/
で、SCの予算削減のこと、取り上げています。
(字数制限があったので、こちらに書き込みます)

Mooさん、Tomyです。
>院を出て資格取得見込みでSCでもやるかという人.
SCは、構造があいまいななかで心理臨床をしないといけないですよね。クリニックであれば、クライエントが来なくなった、ということで、自分の問題を突きつけられますよね。ところが、学校はそういうわけにはいかないですね。だけど、
>「相談がなくて暇」「先生たちが理解してくれない」「暇で仕方ないから本が何冊でも読める」
というSCを、教員は評価していますよ。だめなSCだって。今年は、はずれだって。でも、直接いわないですよ。学校は毎日がいつものように続いていくわけですね。クライエントが来なくなる、ということで、自分の力量がすぐにフィードバックされない、そういう心理臨床の場ですよね。でも、必ず、年度末に、評価はくだります。あのSCは継続しないでくれと。でも、そういうSCは、ごく少数だと思います。
SCは、個人カウンセリングだけではだめで、グループができないとだめですね。道徳などの授業を、教師といっしょにやれるように、私の大学院ではトレーニングしています。ストレスマネジメントやSSTですね。いじめについては、アンケート調査もストレス反応と組み合わせて実施すると、子どもの実態が浮き彫りになります。それは大変だけど、データ入力して、グラフにして、リーフレットを作って活用してもらう。若くても、スクールカウンセリングのスキルをいっぱいもって、押しつけでなく、多忙な教師のペースを尊重しながら提案すれば、受け入れてくれます。それと、やっぱり、発達障害をちゃんとみれることですね。SCは。
「相談がなくて暇」なんていっているSCは、即刻やめるべきですよ。「あなたがSCをやっていることで、がんばっているSCは大変迷惑している。即刻やめるか、スキルアップするかどちらかですよ」ということをいってあげることこそ、その学校の子どもたちのため、その人のため、多くの人のためです。
私の県では、昨年、文科省が大規模調査やったような調査を毎年続けています。学校の声を聴いています。もう10年になりますが。それも、SCの全体の動きを把握する資料になっています。

投稿: Tomy | 2008年4月 7日 (月) 06時57分

>Tomyさん
>>「相談がなくて暇」「先生たちが理解してくれない」「暇で仕方ないから本が何冊でも読める」というSCを、教員は評価していますよ。だめなSCだって。今年は、はずれだって。でも、直接いわないですよ。
>(…中略…)
>年度末に、評価はくだります。あのSCは継続しないでくれと。でも、そういうSCは、ごく少数だと思います。

SCは「良く評価されている」だから「もっと評価されるため」にも頑張りましょうという話題は、(身内の心理士会研修等で)よくあがるようですが、改善点はあまりあがってこないですよね・・・。「改善してほしい」「これをしてほしい」という学校や地域の声の中に、SCが進むべき道のヒントがあるのではないかと思います。
ちなみに、「良い評価」は個人的にはどうでもよいとすら思っています。
不登校の児童生徒が学校に来れるようになった、いじめ問題に学年・学校で取り組んで解決できた、発達障害支援等の助言により継続した教育支援ができるようになった、ネグレクト等に対して地域と学校により家庭支援ができるようになったなどなど。これらのことって、求められていることを学校の先生方と一緒に取り組んで、結果になっただけの話しですよね。学校の先生方が、教科指導・生徒指導・進路指導・学級経営を日々されているのと何ら変わりがない。具体的にもっと望まれていることを「悪い評価」としてではなく「改善希望点」として知ることが、下っ端(わたし含む)SC全員が知るべきなのではないかなあと思います。

>SCは、個人カウンセリングだけではだめで、グループができないとだめですね。道徳などの授業を、教師といっしょにやれるように、私の大学院ではトレーニングしています。ストレスマネジメントやSSTですね。

(いわゆる病院臨床などの)枠がはっきりした臨床現場にそまっている方などは、学校現場での動き方というのは、ある意味で難しく感じていらっしゃる面があるのかなと思います。「相談室で個別対応するのが心理臨床面接だ」と思っている方もいるかもしれません。「さまざまな検査器具を用いてアセスメントをするのが心理臨床家の本分だ」と思っている方もいるのかもしれません。面接もアセスメントももちろん大事ではあるのですが、学校臨床では『地域援助的視点』に立ってなんぼだと思います。だから、地域の特性や背景を知っておかなければならない、その上に立ってなされている学校経営について押さえておかなければならない、その中でそれぞれ行われている学級経営がどうなっているのか、学年団・個々の担任の先生方はどのような視点をおもちなのかなどなど。それらを知った上で、道徳の授業に入るのもよし、意図的にSSC的な場面設定をするのもよしかなと。Tomyさんがおっしゃっている「グループ」というのは、このあたりの背景理解も含めた上での支援全般を指していらっしゃるのかなと思いました。

>いじめについては、アンケート調査もストレス反応と組み合わせて実施すると、子どもの実態が浮き彫りになります。

このあたりは保健の先生とすると(大変ですが)、興味深い結果が出ていつも「学校の力ってすごいなあ」としみじみ思うところです。保健室の来室人数や行事、道徳の授業、ストレス反応がきれいにデータにあらわれますね。わたしが行っているところは、データ・グラフ化・毎週の会議での報告というところまではされていますが(リーフレットはしていませんでした。また提案しようと思います)、すっと兆候を見つけた上でさっと学校・学年・担任・養護・各分掌担当者が動いてくださっています。その中で気になる子がいれば毎週教えていただいています(保健室や職員室や廊下での先生方や児童生徒との意図的な雑談は大事ですね)。こういう嬉しくなる場面に出会えるから、学校から抜け出せなくなってしまうわけですね。納得。

>「相談がなくて暇」なんていっているSCは、即刻やめるべきですよ。「あなたがSCをやっていることで、がんばっているSCは大変迷惑している。即刻やめるか、スキルアップするかどちらかですよ」ということをいってあげることこそ、その学校の子どもたちのため、その人のため、多くの人のためです。

このあたりは、全校長・都道府県教委・市教委・都道府県心理士会の上の人たちがされることかと・・・。自分の親世代の60代はずれSCに、さすがのわたしも言えません。人のふり見て我がふり直せぐらいです・・・。でもなあ・・・自分も年を取ったときに、学校臨床のような体力気力精神力の要る現場が続けられるかなあ・・・。ああ、不安だ。そして長文コメント失礼いたしました。新年度が始まりました。ぼちぼちまったりいきたいと思います。今後もお見知りおきを・・・。

投稿: moo@moody cafe | 2008年4月 7日 (月) 21時58分

Mooさん、コメントありがとうございます。Mooさんのブログのように、来客が多いブログではないので、こうやって書き込んでいただけると大変うれしいです。

>具体的にもっと望まれていることを「悪い評価」としてではなく「改善希望点」として知ることが、下っ端(わたし含む)SC全員が知るべきなのではないかなあと思います。

 まったくそのとおりなんですが、学校現場にそれを求めるのは、むつかしいのではないかと思います。もちろん、教育相談やカウンセリングを学んできた教師には、求めることができるでしょうが。
 私は、阪神淡路大震災のあと、避難所や仮設住宅で、活動をしました。あの年がSC元年だったのですが。それで、96年から、被災していない学校のSCとして勤務しました。その時感じたことは、「学校での活動は、避難所での活動と同じだ!」と。病院のように、ドクターからの指示でクライエントの相談がはいるわけではないですよね。SCはここにいて、こんなことができます、と自分からアピールしないといけないわけです。当時は、「心のケア」がマスコミで叫ばれていた一方、「臨床心理士ってなにそれ!」という感じでしたね。
 それで、スクールカウンセラーだよりを作って広報したり、昼休みは、ドアをオープンにして、生徒がグループで気軽にはいってこれるようにしたり、いろいろしましたね。生徒指導の先生は、半年口をきいてくれませんでしたが、その先生は、厳しい反面、とても生徒のことを支えているのが、校内を巡回したりするうちにわかりました。ちょうど、いじめ防止地域指定を受けたことをきっかけに、その生徒指導の先生ともやりとりできるようになりました。年度の終わりには、その先生は、「文科省はいつもろくなことはしないが、SCの配置はよかった」と言ってくれました。ちょっとうれしいですよね。
 話が長くなりましたが、「もっと望まれていること」は、SC自身がみつけていくか、そういった骨のある教師といっしょに語りあい、みいだしていくことではないでしょうか。
 ほかの文章も、いっぱい、そうだ、Mooさんは、すごい!と思うところがたくさんあり、本学の学生に伝えたいことばかりです。でも、いまから、忙しい一日がはじまります。またのちほど。


投稿: Tomy | 2008年4月 8日 (火) 06時42分

SC事業、私は個人に任されすぎている気がしています。学校に任されすぎ、sc個人に任されすぎ・・・選ばれた学校にのみ配置された過去とは違い、中学校に全校配置されている今、もう少しSCの基本ガイドライン、最低ラインみたいなものがいるのではないでしょうか。。。SCは困っている子ども、しんどい思いを抱えながら生活している子どもの味方です、そんな子ども達が、生き生きと健康的な生活を送れるよう、応援します・・・ということを、個人SCとしてだけではなくてSCの仕事としてしっかりアピールすること、また、道徳の授業にSCが入ることが義務づけられたり、、、と、枠組みがしっかりする必要があるように感じています。そしたら、力のないscも本だけ読んではいられないですよねえ。Aさんが転校した、向こうの学校ではSCの支援を受けられたのに、新しい学校では、学校の方針と違うので会えない・・なんてことも起こっているようです。機関からSCを勧めたとき、この学校ではSCにつなげやすいのに、この学校はSCにつなげにくい・・なども起こっています。sc同士で連絡が取りにくい感じもあります。SC個人の力ももちろん関係しているとは思いますが、力のあるSCでも動きにくさ、仕事のしにくさを抱えているように思います。SCも一人の人間で、若いSCも増えている中、だめなSCは切られる(もちろん力のない人合わない人は転職しても良いでしょうが)・力のあるSCだけ残るという発想だけでなく、SCを育てていくことも必要ではと思うのです。枠組みがあれば、無駄なSCの傷つき・無駄な批判を減らせる気もします。県の研究連絡会だけでなく、地域の学習会・連絡会など、年にせめて2回開けるようなシステムも欲しいです。
学校のニードに応えること、地域の様子にあわせてSCが組み込まれていくことは大切ですが、校長の権限の元に働いているSCが、十分機能するような枠組みがいるような気がします。どこの学校に行ってもSCというサービスが受けられる・・そんな発想ではだめなのでしょうか。
それから、「前の学校のscは授業しに来たし、休み時間も元気な子がいっぱい相談室に集まっていて、大人しい私は入りづらかったけど、相談したいとずっと思ってた」と話してくれた子「忙しそうな先生にはなんか話せないけど、ゆっくりしてそうだったから」と相談に来てくれた子もいました。もちろん本だけ読んで生徒が話しかけにくい・・なんてscはどうかと思うけれど、暇そうにしてるから、話しやすい、安心できる。。という子も中にはいるとは思うんですね。一律の評価だけでは子どもの気持ちは測れないという気もします。学校は頑張る=良いことになっていて、頑張っていない(ように見える)scはどうなんだ!という偏った見方もあると思うのですね。でも、何もしないでいることが大事なこと、頑張らないことが大事なこともあるわけでしょう。その辺り、scが学校の評価・ニードを気にしすぎてscとして機能しなくなるようでは、子どもを救えないようには思います。
ある学校で「scがいてくれたから、安心して生徒と本音でつきあえました」と言ってくださった先生がいました。そんな風に、先生もscを頼りながら、scも先生の力を信頼しながら、仕事しやすい環境、人と人が触れやすい環境が作れると良いです。

投稿: かっぱ | 2008年4月11日 (金) 10時08分

今週も無事一週間が終わりほっとしています。お忙しい中、長文レスにお返事いただきありがとうございます。で、ほっとしながら今回も長文になると思います。

>>moo
>>具体的にもっと望まれていることを「悪い評価」としてではなく「改善希望点」として知ることが、下っ端(わたし含む)SC全員が知るべきなのではないかなあと思います。
>Tomyさん
>学校現場にそれを求めるのは、むつかしいのではないかと思います。もちろん、教育相談やカウンセリングを学んできた教師には、求めることができるでしょうが。

う〜ん。わたしはどこの学校に行っても(と言うよりどこの職場に行っても)、自分に求められていることは一体何なのか?ということからたずねるようにしています。たかだかスクールカウンセラー(もとい心理職)ひとりが派遣や配置された「だけ」では、どこの現場でも子どもたちや保護者たちやその他の人たちが得られるメリットなんて微々たるものしかないでしょうし・・・。
で、話しをSC限定にして戻しますが、「教育相談を学んできた」とか「カウンセリングを学んできた」という教師の方でも、まあいろいろいらっしゃるわけで。学んでこられた方『だから』、支援の方向性が共有できて会話が成立すると感じたことはほとんどありません。同じ有資格者『だから』、協力してうまいこと仕事ができると感じたことがほとんどないのと一緒です。なので、学校の先生方(校長や教頭、担当者、その他の先生方)が感じていらっしゃることはどのようなことか、この学校はどのような地域の中にあるのか(と前回のコメントで書いたことなので省略)などなどを教えていただく。かなり具体的に教えていただけますし、そこで方向性の確認ができると思うのですね。まあその中に、過去に教育相談を長く経験されてきた方とか修論のテーマがスクールカウンセリングだった方とかが、先生方の中に『たまたま』いらっしゃったという場合もありますが・・・。大半はそうではないですし、それでよいと思っています。先生方は「教育のプロであり専門家」なのですから。専門家同士が話し合うときに、「子どもたち」がどんと中心に据えられてさえいれば、異なる専門性や背景であっても方向性は統一できると思います。

>私は、阪神淡路大震災のあと、避難所や仮設住宅で、活動をしました。あの年がSC元年だったのですが。それで、96年から、被災していない学校のSCとして勤務しました。その時感じたことは、「学校での活動は、避難所での活動と同じだ!」と。病院のように、ドクターからの指示でクライエントの相談がはいるわけではないですよね。SCはここにいて、こんなことができます、と自分からアピールしないといけないわけです。

あの当時にSCをされていた方からのお話しを聞くと、Tomyさんと同じことをおっしゃいます。干支が一回りして、今SCが学校で活動できるのはあの当時のSCの方々が実践されてきたことがあってこそだとも思っています。
でまあ、今の時代でも避難所的な面もあるにはあるのでしょうが、阪神淡路大震災当時やその他の災害時・緊急時などでの心理士等の活動によって、今では「スクールカウンセラー」という用語はかなり定着していると思うのですね(もう「臨床心理士」という用語以上に定着している印象をどこに行っても受けます。わたしなんて世代的・個人的には、「カウンセリング」だの「カウンセラー」だの「心理士」だのという用語にはなんだか胡散臭ささえ感じてしまうのですが、実際学校現場では非常にスムーズに受け容れてくださいます。初めてSCをしたときには受け容れの良さに驚いたほどです。震災当時のSCの活動がそれらの受け容れ体制につながっているのだろうなあと思います)。そんなわけで、

>当時は、「心のケア」がマスコミで叫ばれていた一方、「臨床心理士ってなにそれ!」という感じでしたね。

今では、なにそれ状態というのはほとんどなくなっていると思います。ただ・・・何と言うでしょうか。SC便りを作ってみたり休み時間に相談室を開放したりグループで気軽に入っていけるようにしたり・・・というあたりの動き方が、マニュアルになって売られているのだろうかと疑問に思うことがあります。で、中途半端に守秘義務を唱えるばかりで相談室で何やってんの?と影で言われる人もいたりして、いやはや。たしかにそういう動きがぴたりと合う学校もあるでしょう。でも、それをメインにしてたらどうにもならない学校もあります。わたしが初めて行ったところでは「mooセンセー、雑務や調整はすべて学校にまかせてください。センセーは相談室や校内や家庭や地域で子どもたち/保護者たち/教師たちに直接かかわってください。前のSCみたいに相談室だけの対応ではこの地域はどうにもなりません」と言われました。言っていただけると助かります。自分に最低限求められていることがわかりますし、担当者会議でもそれらをわかった上で各自がどういう風に動けばよいのかわかりますし。メリットばかりだ。・・・まあ自分の足場がない?ような状態が苦手なSCは、そういう状況が嫌だと思うかもしれませんが、わたしはこれこそ学校臨床だよなあと思っています。言ってくださってありがとうございます!と思って動けばよい。

アピールしなきゃいけないというのは、たぶんそうなのでしょう。「学校の先生たちの理解が得られない!」と言っているSCはしなきゃならんでしょう。アピールの仕方が「便りの発行」「相談室開放」にしかなってないSCは芸がなさすぎると思いますが。けどなあ・・・先生たちが理解してくれない!と言うてる暇があるのなら、それぞれの先生のところに言って「最近子どもたちの表情いいですよね」「子どもたちの様子を教えてください」と自分から話しを聞きに行けばいいだけだと思うのですね。というので思い出しましたが、わたしが今までかかわってきた学校現場の先生方の対応を別の心理士に言うと、「そこまで支援体制や役割分担ができているのは珍しい」と言われることが多かったので、単にわたしが恵まれているだけなのかもしれません。どこの学校に行っても同じように対応してくださるので、当たり前になってる部分があるのかも・・・。

>「もっと望まれていること」は、SC自身がみつけていくか、そういった骨のある教師といっしょに語りあい、みいだしていくことではないでしょうか。

もっともっと見つけていきたいですねえ。学校に入るというのは地域に入り込むということですし、その地域にしかできない地域支援システムが目の前で作られていく様を見ると本当に嬉しいです。地域支援システムががっつりできてばっちり機能し続けるのであれば、中味の人(SC含む)が変わってもその地域ならではの支援が継続して行われることになりますし。・・・ふと思いましたが、やはりわたしは恵まれているのかもしれません。語り合える先生方がどこの学校にもいらっしゃいますし、協同して活動できることの魅力を「スクールカウンセラーという仕事」には感じ続けています(感じることができない人はしんどいかもしれないなあとも思う)。
予算云々というのは、SCにかぎらず教育も福祉も医療もこの国ではかつかつの状態なので「ニッポンサマは算数が苦手だなあ」としか思わなくなってる面もあるにはあるのですが(それでも拙blogでは、子どもたちに関連したニュースを積極的に掲載しようとしているあたり、「すべての子どもたちのためにさらによい支援を」という仄かな希望はあるのだと思います)、それでも少し疲れてしまった面もあります。これまで複数の学校とかかわってきましたが、自分が離れた後に来たはずれSCやはずれ心理職の尻拭いが非常に多い。過去に行っていたところの学校や施設の先生たちから今も尚、相談を受ける。ありがたい反面、情けなく思います。
自分に求められていることをもっと見つけていくこと、さらに良い支援体制が構築できるように現場の先生方や職員の方と前進し続けていくこと。自分の仕事に関してはこれさえしておけばよいと割りきってる部分もあります。が、地域はつながってますからねえ・・・。行政職にも管理職にも「あの地域ははずれを引いちゃったなあ・・・」と毎年愚痴られるのはもう慣れてしまったのでどうでもよいのですが、以前にかかわっていた保護者が「我が子のいる学校のSC」にではなく、わざわざ電話をしてきてわたしの勤務校にやってくるという状況はもしかしておかしいのではないか?とここ数年思っています(卒業間近によくたずねられるのが「どこの病院/大学に行けば、mooセンセーに会えるのですか?」です。返答に困ります。わたしは風来坊ですから)。もういっそのこと全校配置などやめてしまった方がよいのでは?とちょっぴり思います。と、ちょっぴり思っているだけでなく、数年かかわっている某自治体では「市内全域を網羅して連携し合えるカウンセラーを数名だけ常勤配置すればよい。相談室にひきこもってるような輩はいらん」という話しが現実にも上がっています。たしかにその方が子どもや保護者にとっても、学校にとっても、市の予算にとってもよいのかもしれないなあ。という流れがスクールソーシャルワーカーなのか?ともちらりと思うのですが、まあここらへんはいろいろと政治的背景もあるのかもしれない。ようわかりません。どっちにしろ、子どもたちにとってさらによい状況になるのなら、どういう名称でもよいと思いますが。
おお・・・やはり長文になってしまいました。しかも後半愚痴混じり・・・。すみません。今日はこのへんで。それでは。良い週末をお過ごしくださいませ。

投稿: moo@moody cafe | 2008年4月12日 (土) 12時19分

かっぱさん、Mooさん、コメントありがとうございます。
>う〜ん。わたしはどこの学校に行っても(と言うよりどこの職場に行っても)、自分に求められていることは一体何なのか?ということからたずねるようにしています(Mooさん)。

 もちろん、そうなんです。私は、SCとしては、緊急支援ではいることが日常的になっているので、そのあたりの感覚はMooさんと違うかもしれませんね。校長先生にあって挨拶する。養護の先生にあって挨拶する。そこで感じることありますよね。この学校は教育相談に対してどのような姿勢をもっているのか。SCに何を期待しているのか、期待していないのか。緊急支援では、はっきり「私があなたを呼んだのではない、教育委員会があなたを呼んだので。この学校はあなたを必要としていません」と言われることもあるんですよね。そんな中で、「はい、それでは、もう来ません」とはいえません。SCは、子どもの役に立たなければなんにもならないわけですよね。そんな状況のなかで、やれることをやっていき、最後は、そういった先生からも「きてもらってよかった」といってもらえる活動をしていくわけですよね。

>「教育相談を学んできた」とか「カウンセリングを学んできた」という教師の方でも、まあいろいろいらっしゃるわけで。学んでこられた方『だから』、支援の方向性が共有できて会話が成立すると感じたことはほとんどありません(Mooさん)。

 これは、教師が臨床心理士資格取得をめざしてくる大学院で仕事をしていることもあり、Mooさんの感覚と異なるところですね。いままで被害者支援・災害後の心理支援の経験からいうと、その学校に、その教育委員会に、臨床心理学ないし心のケアを学んだ教師がいるといないでは、共同作業の展開がまるで異なるということです。台風23号豪雨災害では、心のケアを学んだ先生が、子どもの反応を、しっかりみていて、これはケアをする必要があると、声を大にして、他の先生に話していたんですね。災害や事件後は、直後はしーんと落ち着いてみえても、やがてハイになり落ち着かない、ちょっとしたケガが増える、ということが起きますよね。その行動の背景に、災害や事件のショックで眠れない、怖い夢を見る、不安、そういった心の動きがあることを、知識として知っているといないでは、かかわり方が異なるんですね。

 もちろん、教育相談やカウンセリングを学んでなくても、子どものために全力をあげて、かかわろうとしている教師とは、すぐに共同作業がはじめられますね。「先生、(亡くなった子どもへ)お手紙を手向けようと、子どもたちに働きかけられたんですね。あの悲しみの中で。すごいですね。やがて、友だちからのお手紙は、ご遺族が立ち上がっていく力になりますよ。」
と伝えたことから、協同作業ができる体制に、がらっと変わっていったこともありましたね。
緊急支援から撤収する頃に、いろいろな感想を話してくれます。「はっきりいって、(はじめは)まったくあてにしてませんでした。どうせ、保護者も相談に来ないだろうと思っていました。でも、ほんとうに来ていただいてよかった」と。これはかなり前の少年事件後の緊急支援にはいったときの教頭先生からの言葉でした。

>「 センセーは相談室や校内や家庭や地域で子どもたち/保護者たち/教師たちに直接かかわってください。前のSCみたいに相談室だけの対応ではこの地域はどうにもなりません」

 SCの活動のあり方というのは、だいたい方向性が定まったのではないでしょうか。
・個別対応(個別カウンセリング)ができる。
・教師と子どもをめぐって事例検討会ができる(コラボレーション)。
・発達障害の理解と対応ができる。
・虐待など危機介入では子ども家庭センター・医療機関との連携がとれる。
・給食をいっしょにとったり、道徳などで心の授業(ストレスマネジメントやSSTなど)を担任といっしょにやれる。
・いじめ対応といじめ防止活動ができる(ストレスといじめのアンケートなどの活用)

かっぱさんが、「また、道徳の授業にSCが入ることが義務づけられたり、、、」と提案してくれていますが、もう、制度の中に組み込むことも必要だと思います。

 それと、臨床心理士養成の大学院教育で、行動論的アプローチと力動論的アプローチの両方を学んでおく。また、発達とトラウマの知識と技法も必須だと思います。自閉性障害の子どもには、力動論的アプローチのみでは限界があります。トラウマには、トラウマの心理教育の知識(例えば、回避は直後にはよい対処でも長期にわたると生活を阻害する)をもってないと、望ましい心理的支援はできないわけです。また、WISCⅢができない、結果が読めない臨床心理士なんか、学校現場はいらないわけですよ。
 いま、この時期は、新M1がゼミ決定にあたり、教員との面談を重ねています。臨床心理の専門家になろうとしている若き学徒は、熱心ですよ。彼らのためにも、臨床心理学の学派の対立は、私たちの上の世代で終焉させたいですね。わがコースは、力動系と行動系の教員が仲良く仕事をしています。もちろん、発達もトラウマの臨床心理実習のトレーニングを徹底して行ってます。
ところで、ドラマ・Around40で、精神科医役の天海祐希が「臨床心理士は資格を取るのはむつかしいわりに、お給料は安いの」と言ってましたね。脚本家はよく調べているなと関心しましたが、次世代の臨床心理士のためにも、やはり国家資格にしないといけないと思いました。ドラマで、「臨床心理士が国家資格になれないのは、ある一部の医療団体が反対しているからなのよ」と言ってくれたら、いいのになーなんてドラマを見ながら思いました。

(それと、Mooさん、私トラックバックの仕方がどうしてもわからないんです。ごめんなさい)

投稿: Tominaga,Y | 2008年4月13日 (日) 10時59分

Tomyさん、ご丁寧なお返事をいただきありがとうございます。今週も無事終わり、ほっとしながら珈琲を飲んでいるところです。今回は長文にならないようにしなきゃ・・・。毎回すみません。

>緊急支援ではいることが日常的になっているので、

ああ、納得です。緊急支援については、SC側の理解と学校側の理解にはまだまだ差があるように感じます。そのあたりの体制や機能等がもう少し整備されればよいなあと思うのですが・・・。

>共同作業の展開がまるで異なるということです。

おお。振り返ってみると、教育相談に熱心な方々(心のケアや虐待、発達障害等の研修に自ら行かれる方:上司命令ではなく)やもともと教委で長年相談事業の展開に尽力されてきた方々が、わたしがこれまでかかわってきた学校には数名ずついらっしゃいました。そうするととても動きやすい。各人がどのように動けばよいのか、誰かひとりの負担にならないようにするにはどのような体制を作ればよいのか、そういう空気と実際の体制のどちらもが校内で自然に作り上げることができる。

>SCの活動のあり方というのは、だいたい方向性が定まった

はい。定まっていると思います。書き始めると長いので省略しますが。
道徳の授業については、個人的には現時点では「保留」ですね・・・。今までかかわってきたところではOKをいただけるように思えますし、実際チームティーチングもさせていただいてますが・・・。これがまた「すべての学校で」となると難しいところなのではないかなあという直感?のようなものがあります。もう少し詰めていく必要があると思います。下手すると(下手な動きをするSCだと)、学校とSCの摩擦を大きくしかねない面も孕んでいるのではないかという野生の勘?が働いています。

>自閉性障害の子どもには、力動論的アプローチのみでは限界があります。トラウマには、トラウマの心理教育の知識(例えば、回避は直後にはよい対処でも長期にわたると生活を阻害する)をもってないと、望ましい心理的支援はできないわけです。また、WISCⅢができない、結果が読めない臨床心理士なんか、学校現場はいらないわけですよ。

ああ・・・。もっと言ってやってください。わたしここらへんの低レベルのことで喧嘩をするのに疲れました。ОTL (広い意味での)発達障害についての基礎知識もなく対応もできない心理士、どういうケースであっても囲い込んで面接回数だけは多いのに何ら進展させられない心理士、各種機関から送られてきた諸検査の解釈ができない心理士・・・。検査については、せめてWISC/K-ABC/K式ぐらいを各100程度でよいので経験してからでないと、学校ではホント「いらない」と言われますねえ・・・。その意味では、資格をとってSC勤務しか働き口がないという若手の人は厳しいのかもしれない。まあ、ここらへんは養成校である院(およびその前の学部四年間の計六年間)のお仕事なのでおまかせいたします。

>私トラックバックの仕方がどうしてもわからないんです。ごめんなさい

お気遣いいただきありがとうございます。Tomyさんもよい週末をお過ごしくださいませ。

投稿: moo | 2008年4月19日 (土) 09時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165488/40763889

この記事へのトラックバック一覧です: スクールカウンセラー事業予算削減を憂う:

« 文科省のスクールカウンセラーに関する調査結果知ってます? | トップページ | 岡山突き落とし殺人事件の少年の過去2 »