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2008年4月20日 (日)

ディブリーフィング(debriefing)から心理的応急法(psychological first aid)へ

日本トラウマティックストレス学会第7回大会が福岡で開催されている。

基調講演は、「How should we coordinate?」U.Schnyder(チューリッヒ大学)であった。

 ミッチェルのdebriefingが、さまざまな検証により、その効果が実証されず、いまは、Psychological first aid(心理的応急法;PFA)が推奨されるという講演であった。とりわけ、感情表出に焦点をあてたdebriefingは、回復を遅らせるというエビデンスも紹介していた。そして、PFAでは、家族や仲間のサポートを重視し、専門家による被災者・被害者への直接的介入を慎重にすべきだと提唱している。すなわち、”家に帰って休みたい”と被災者が言うなら、”専門家とすぐにでも会った方いい”とは、決して言わない方がいいですよと。また、PFAにおいては、”その出来事の詳細を尋ねないでください(Not debrief)”ということが記されている。

 あの阪神淡路大震災のあと、debriefingがアメリカから紹介され、違和感を覚えたのは私だけではなかった。今は亡き河合隼雄先生は、”むりに聞きだそうとしないで”とマスメディアを通して、何度もメッセージを送った。

 河合先生は力動論的立場のわが国の代表者であるが、当時の災害後の心のケアの視点は間違っていなかった。

 もともと救援者のための精神的心理的方法として開発されたdebriefingを、自然災害や事件の被災者被害者に適用しようとした点から、無理があったのであろう。

 しかし、PFAにしても、その方法を受け入れることには慎重でありたい。どうもわが国は、アメリカで生まれたものを無批判で取り入れすぎる。わが国にあった、アジアにあった災害支援を確立すべきであろう。

 今日は、日本ストレスマネジメント学会と日本トラウマティックストレスマネジメント学会のコラボレーションのシンポジウムを、津田彰先生(久留米大学)と企画している。学派を超えたアプローチを提案したい。

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2008年4月11日 (金)

スクールカウンセラー事業への「かっぱさん」からの提案

「かっぱ」さんが「スクールカウンセラー事業予算削減を憂う」に、貴重なコメントを書き込んでくれましたので、ここにupします。

SC事業、私は個人に任されすぎている気がしています。学校に任されすぎ、sc個人に任されすぎ・・・選ばれた学校にのみ配置された過去とは違い、中学校に全校配置されている今、もう少しSCの基本ガイドライン、最低ラインみたいなものがいるのではないでしょうか。。。SCは困っている子ども、しんどい思いを抱えながら生活している子どもの味方です、そんな子ども達が、生き生きと健康的な生活を送れるよう、応援します・・・ということを、個人SCとしてだけではなくてSCの仕事としてしっかりアピールすること、また、道徳の授業にSCが入ることが義務づけられたり、、、と、枠組みがしっかりする必要があるように感じています。そしたら、力のないscも本だけ読んではいられないですよねえ。Aさんが転校した、向こうの学校ではSCの支援を受けられたのに、新しい学校では、学校の方針と違うので会えない・・なんてことも起こっているようです。機関からSCを勧めたとき、この学校ではSCにつなげやすいのに、この学校はSCにつなげにくい・・なども起こっています。sc同士で連絡が取りにくい感じもあります。SC個人の力ももちろん関係しているとは思いますが、力のあるSCでも動きにくさ、仕事のしにくさを抱えているように思います。SCも一人の人間で、若いSCも増えている中、だめなSCは切られる(もちろん力のない人合わない人は転職しても良いでしょうが)・力のあるSCだけ残るという発想だけでなく、SCを育てていくことも必要ではと思うのです。枠組みがあれば、無駄なSCの傷つき・無駄な批判を減らせる気もします。県の研究連絡会だけでなく、地域の学習会・連絡会など、年にせめて2回開けるようなシステムも欲しいです。
学校のニードに応えること、地域の様子にあわせてSCが組み込まれていくことは大切ですが、校長の権限の元に働いているSCが、十分機能するような枠組みがいるような気がします。どこの学校に行ってもSCというサービスが受けられる・・そんな発想ではだめなのでしょうか。
それから、「前の学校のscは授業しに来たし、休み時間も元気な子がいっぱい相談室に集まっていて、大人しい私は入りづらかったけど、相談したいとずっと思ってた」と話してくれた子「忙しそうな先生にはなんか話せないけど、ゆっくりしてそうだったから」と相談に来てくれた子もいました。もちろん本だけ読んで生徒が話しかけにくい・・なんてscはどうかと思うけれど、暇そうにしてるから、話しやすい、安心できる。。という子も中にはいるとは思うんですね。一律の評価だけでは子どもの気持ちは測れないという気もします。学校は頑張る=良いことになっていて、頑張っていない(ように見える)scはどうなんだ!という偏った見方もあると思うのですね。でも、何もしないでいることが大事なこと、頑張らないことが大事なこともあるわけでしょう。その辺り、scが学校の評価・ニードを気にしすぎてscとして機能しなくなるようでは、子どもを救えないようには思います。
ある学校で「scがいてくれたから、安心して生徒と本音でつきあえました」と言ってくださった先生がいました。そんな風に、先生もscを頼りながら、scも先生の力を信頼しながら、仕事しやすい環境、人と人が触れやすい環境が作れると良いです。

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“たまご”が教えてくれたこと-命の教育ひょうごからの発信

“たまご”が教えてくれたこと ~兵庫県狭間小学校 3年1組の子どもたち~  

今夜12日午後8時から関西地方のみですが、放映されます。 すでに、何回か、BS、総合で全国放送されています。 この取り組みは、福井加寿子先生が、兵庫県立教育研修所心の教育総合センターの「命の大切さを実感させる教育プログラム」に参加したとき、有識者委員の藤井美和先生 (関西学院大学)がアメリカでの卵を使った命の教育の実践を紹介され、それをヒントに、福井先生が、さまざまな工夫を折り込み(生卵はアレルギーがある子どもが一人でもいれ ばできない、それで粘土に。たまごを最後はカプセルにいれて終わるなど)展開した授業実践です。  ノンフィクション作家の柳田邦男氏は、福井先生の実践を、「教室で展開する箱庭療法ですね」と評していました。 関西地方みなさん!必見です。

  兵庫県三田市立狭間小学校3年1組で、「たまご」を使ったちょっと変わった授業が行われました。たまごと言っても、本物ではありません。子どもたちが作った紙粘土の「たまご」 です。その「たまご」を一生懸命“お世話”してみようという授業です。学校でも家でもいっしょに 過ごし、服を着せたり話しかけたりします。 家でオルゴールをずっと聞かせている子がいました。小さい頃、自分がずっと聞かせてもらっていたからだそうです。他の多くの子も、無意識のうちに、自分が親にしてもらって嬉 しかったことを「たまご」にしてあげているようでした。そして昔親がどんな気持ちで自分を育ててくれていたのか、その思いに気付いていきます。番組では、総合学習の時間を使って11月に始まった“たまごの授業”が3月に終わるまでを描きます。「愛する」「愛される」という大切な感情を育てる授業を通して、子どもたちの 心の軌跡と家族の姿の“今”が浮かび上がってきます。ぜひご覧ください。 4月18日(金)

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2008年4月 6日 (日)

岡山突き落とし殺人事件の少年の過去2

岡山突き落とし殺人事件の少年の心がどうすれば救われたのか、二度と繰り返さないためにも、考えてみたい。

震災、いじめ、進学・・・翻弄された18歳の逃避行の果て」(MSN産経ニュース)からの限られた情報からの推論であることをお断りしておきたい。

推論:つらい感情に蓋をし続けた結果、回避行動を繰り返した末の行動化である。

1,阪神大震災で尼崎で被災、大阪に転居。

 当時の光景が思い浮かぶ。それは、被災地という非日常の空間と、隣接する日常の空間の違和感である。大阪(大阪でも豊中などは被災したのであるが)や姫路と、被災地のあまりにかけ離れた光景である。被災した人が、被災していない空間に身をおけば、心が癒されると考えがちであるが、それは違う。もちろん、余震などがない安全な空間は一時的には、安心感を与えるであろう。しかし、そこでは、被災体験でのさまざまな感情を、心の中に留めざる得ない。周りのものは、誰一人として、その気持ちをわかりえないからである。

 被災から4年後、被災していない地域でスクールカウンセラーをしていたときのことである。被災地からの転校生が、友だちといっしょに相談室にやってきた。転校生は、地震のときの死ぬかもしれないと思った恐怖をさらっと語った。生徒の友だちは、「へー、まだ、そんなことおぼえとるん」という言葉に、<忘れられない記憶なんだよ。しっかり聴いてあげてね>と言った記憶がある。

 被災地に身を置き、復興を共に経験していれば、折々に、つらかった気持ちを友や大人たちに語ることができたであろう。

 もし、今後災害が起こって、転校していく児童生徒がいれば、その後の心のケアを息長く続けなければならないということを、この事件は教えてくれている。

少年は、事件を起こす直前、尼崎に立ち寄っていたらしい。

朝、大阪の自宅を出た動機は「どこかで人を殺そう」。

 そして大阪・梅田をぶらぶらしたあと、幼少時を過ごし、震災まで住んでいた兵庫県尼崎市に入った。この間の詳細は分かっていないが、ゲームをしたり持っていた小説を読んだり、少年はまるでこの町の住人のように振る舞っている

なんとも切なくなる。

2.いじめられ遠い高校へ通う

「めちゃくちゃされてきたから、仕返ししたる」。一度だけこう話すのを聞いたが、「そんなことしたらあかん」と諭すと、納得したように見えたという。

 それは、諭して処理できるような感情ではない。このような子どもたちにかかわってきた者なら、その感情がどれほどエネルギーをもっているかを知っている。繰り返し繰り返し恨み辛みを語る内に語り方が変わっていき、今度同じようなことをいわれたりされたら、今度はこう対処してみる、といった望ましい対応のイメージを語れるまで、つきあわなければならない。

「仕返ししたる」という感情を、このとき、処理できていれば、今回の行動化は起こらなかったであろう。しかし、そのことで、両親を責めることはできないだろう。それは、わが国の心のケアの理解にかかわっているからである。(「心のケアの専門家」なんていらない」という本が注目されたり、心のケアは重要といいながら、30%もの予算削減をしてしまう国だから。)

小・中といじめにあい、同級生のいない遠くの高校へ通った。これも、つらい感情に蓋をして、今のみを生きたのであろう。

 ここでも、つらい感情に蓋をして、回避行動を選択することを、まわりの大人も少年に強いてきたのである。転校すれば、すべてが解決すると考えるのは誤りである。転校して安全で安心な生活が送れれば、もちろん、それで、人生を変えていける人もたくさんいるだろう。しかし、心のなかのわだかまり、深い心の傷がなくなったわけではない。順風に進んでいるときはいいが、再び嵐に遭遇すると、過去の傷がよみがえる。

 大切なことは、回避することではなく、再び同じようなことが起こったなら、今度はこう対処するというイメージと行動の明確化である。だから、回避している場所・人にチャレンジをしていく。それには、いきなりでは、打ちのめされてしまうので、段階的練習(実生活内曝露)が必要なのである。

 回避行動のパターンを身につけてしまうと、つらい感情を抱えているという自覚や意識すらもてなくなる。ベトナム退役兵士が戦争トラウマを回避し生活し続けて、本人は相談行動を起こさないのだが、その子どもに多くの問題が発生しているという論文を読んだことがある。

 つらい感情を閉じこめ回避行動をとることは、一時的にはよい対処であっても、長期的には、生活を阻害し、問題行動を発生させる確率を高くすることを、広く知ってもらう必要がある。これが、「心のケア」の知識である。

(「「心のケアの専門家」なんていらない」と主張している人の本を読んでみると、

心のケアの知識 (特に、回避反応の意味は言及されていない。身近な人が心のケアができるというところは同感するが。これまでにない危機に遭遇すると身近な人もどのように接して良いかわからなくなるというのが実際である。その本の著者らは、そのようなケースに遭遇したことがないのだろうかと思ってしまう)

をもっていないことがわかる)

#8人殺傷事件のニュースをみての父子の会話から親子関係の問題が推測できる。

事件前日の24日夜、自宅で食事中、茨城県の連続殺傷事件のテレビニュースを見ながら、「こんなことするなよ」と声を掛けると、「うん」とうなずいたという。」

父はこの少年を信頼していなかったことがわかるやりとりだ。これは、「心のケア」のあり方を知らない無知から起こっている。この少年の気持ちを代弁しているブログをみつけたので、参考にしてほしい。

八人死傷をみてこんなことするなよと。

 いじめ意識尺度の結果もそうだが、いじめを経験した人だけが、心身反応を知っているというのは、よくない。心のケアとは、傷ついた人はどのような心身反応を示しやすく、どうすれば回復できるのかを、心理学・精神医学の最新の知識によって、提供することである。

 事件後の心のケアは、みえない暴力との闘いである、「心のケア」はやさしげな言葉だが、実際は、闘いであることを、知ってほしい。どこかで、暴力の連鎖を断ち切らないといけない。戦後、同和教育の浸透が、人権意識を変えていったように、いまこそ、正しい心のケアの知識と体験の普及によって、暴力の連鎖を断ち切るときである。文科省の平成20年度の予算をみると、「心のノート」の全面改訂が予定されているという。

 人が悲しみや怒りを抱えたとき、どうしたらいいかを是非、新しい「心のノート」には掲載してほしい。

 二度と悲しい事件を繰り返さないために、できることをやっていこう。

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2008年4月 4日 (金)

スクールカウンセラー事業予算削減を憂う

文部科学省の平成20年度の予算が文科省のHPに載っています。

平成20年度文部科学省 各局課別予算案等の発表資料一覧
平成20年度予算額(案)主要事項[説明資料]分割版(2)

説明資料のスクールカウンセラーとスクールソーシャルワーカーの部分を転記します。

2.スクールソーシャルワーカー活用事業(新規) 1,537,921千円
いじめ、不登校、暴力行為、児童虐待など、児童生徒の問題行動等へ対応するた
め、教育分野に関する知識に加えて、社会福祉等の専門的な知識・技術を用いて、
児童生徒が置かれた様々な環境へ働き掛けたり、関係機関等とのネットワークを活
用して支援を行うスクールソーシャルワーカーの活用方法等について調査研究を行
う。
指定地域141地域

3.スクールカウンセラー等活用事業補助3,365,315千円(5,050,644千円)
いじめ、暴力行為などの問題行動や不登校に対応するほか、災害や事件・事故な
どの被害者である児童生徒等の心のケアに資するよう、学校における教育相談体制
の充実を図るとともに、子ども等が夜間、休日を含め24時間いつでも相談機関に
相談できるよう都道府県等が行っている相談体制(電話相談)の充実を図る。
また、スクールカウンセラーを小学校へ新たに配置するとともに、子どもと親の
相談員や生徒指導推進協力員を引き続き小学校に配置する。

予算額をみてわかることは、スクールカウンセラー事業が前年に比べ約16億円減額なのに対して、スクールソーシャルワーカー事業が新規に15億円配分されたということです。

教育相談等に関する調査研究協力者会議の提言です(「空も、つながっている」)

スクールカウンセラーに対する評価(「空も、つながっている」)

でも、指摘されていますが、

文科省の昨年度のスクールカウンセラーに関する調査の結果(中学校567校の約74%がSCの時間数を増やしてほしい、約95%がSCは効果的・必要と回答)に反して、スクールカウンセラー事業が大幅に削減されたということです。

スクールソーシャルワーカーの配置に私は賛成です。しかし、スクールカウンセラー事業の予算を削ってほぼその額を配置したことになります。これは、どういうことでしょう?

昨年度の文科省によるスクールカウンセラーの大規模な調査結果が、スクールカウンセラーは評価されていない、ということなら、わかりますよ。でも、違うんです。これほどの予算の削減の根拠はなんなんでしょう?なんのための調査だったんでしょう?この国は、調査結果に基づいて、施策を打つことをしない国なんでしょうか。

なにか、政治が動いたのでしょうか?国会議員のみなさんは、このことを知っているのでしょうか?

虐待問題に対応するのなら、もっと地域の社会資源を有効に活用する方策を検討することを並行に、取り組むべきです。保健センターの保健師さんは、地域に本当に入り込んでいます。児童相談所とも機関としてきちんとつながることができます。ケース会議を招集することもできます。

何度も言いますが、スクールソーシャルワーカーの配置には賛成ですよ。でも、この予算の組み方はないでしょう。

まったく不可解な予算案といわざるえません。

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2008年4月 1日 (火)

文科省のスクールカウンセラーに関する調査結果知ってます?

平成19年度に文科省で、「教育相談等に関する調査研究協力者会議」が設置され、その会議で、スクールカウンセラーに関する調査が実施されています。みなさん、知ってました?私、不覚ながら、これまで知りませんでした。

教育委員会・学校長へのアンケートです。

スクールカウンセラー派遣校の学校長を対象とした調査です。

小学校 40校
中学校 567校
高等学校 56校

ここでは中学校の結果の一部を引用します。

○スクールカウンセラーについてどのように受け止めていますか?(1つ選択)
回答数 構成比

a.学校の相談体制の中核的な役割を果たしていると認識している(83校) 14.1%
b. 生徒や保護者が気軽に悩みを打ち明ける存在として、必要な存在と感じている(163校) 27.8%
c.教員とは異なる観点を持つ外部の専門家という位置づけで、効果があると感じている (313校) 53.3%
d.スクールカウンセラーとのコミュニケーションが不足していることなどにより、学校として、必ずしも有効に活用されているとは言えない( 11校) 1.9パーセント
e.スクールカウンセラーに相談する生徒があまり見られないなど、学校としてスクールカウンセラーの活用に疑問を感じている( 0校) 0.0パーセント
f.スクールカウンセラー以外の外部の専門家や人材の活用がもっと必要である(5校) 0.9パーセント
g.その他  ( 12 校)2.0パーセント

この選択肢で一つ選択というのは無理がありますが、a.b.c は、スクールカウンセラーは効果的ないし必要と感じている選択肢ですね。これを合計すると、95.5%です。

○ スクールカウンセラーの活用についてどのように考えますか?(1つ選択)

     回答数 構成比
a. 連日の勤務が望ましい( 144校) 25.4パーセント
b. 連日ではなく、週2日又は週3日のように1週間に複数日の勤務が望ましい( 280校) 49.3パーセント
c. 勤務日数よりも、1日当たりの勤務時間の拡大が望ましい( 39校) 6.9パーセント
d. 現状の勤務形態が概ね適当( 80校) 14.1パーセント
e. 相談効果があまり見られず、それほど必要性が感じられない( 1校) 0.2パーセント
f.その他   24 4.2パーセント

a.連日とb.複数をあわせると、74.4%です。現状の週6時間という勤務形態よりも、74%もの学校が時間数・日数を増やしてほしいという結果です。

この結果が、どうして教育施策に反映されないのでしょう?

当初、週に8時間であった時数が、6時間に削減されたということは、世間の人は知らないのではないでしょうか。平成20年度のスクールカウンセラーの国の負担する額は削減されたと聞きます。

スクールカウンセラーや臨床心理士は、もっと声をあげるべきではないでしょうか?

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