日本カウンセリング学会第40回大会公開シンポジウム「 カウンセリングにおける心的成長と癒し」
大会長の新里里春先生が司会・企画でした。新里先生には、このような機会を与えていただき感謝いたします。沖縄は、はじめて訪れたのですが、独特の雰囲気がありますね。夏川りみ・ビギン・さまざまな魂の歌が、沖縄から生まれていますよね。癒しの風土を感じましたね。戦争の犠牲という悲しい歴史が、癒しの風土を一層醸し出しているのかもしれませんが。
シンポジウムで、私はPost traumatic growthにかかわるケースを2例紹介しました。坂野雄二先生が、事前打ち合わせでも、シンポでもおっしゃっておられたように、クライエントは成長や癒しを求めてきているのではなく、それは結果だと。それについては、私も全く同感なんですね。私が紹介したケースも、結果として、悲しい出来事から、新しいこと・ものを生みだしていったんですね。それに、犯罪被害者遺族の会で、「癒し」という言葉は使われませんね。心を癒すために、集まっているのではないのです。今の司法制度の矛盾や理不尽さに、みんなで立ち向かう力を集める、といった方がグループの趣旨にあうと思うんですね。
ただ、坂野先生が、「すべての人にカウンセリングマインドは、大きなお世話!」とスライドで紹介していたのは、「うん?」と思いましたね。これは、いろいろな意味が込められているんでしょうけど、子どもの事件後の心のケアに携わって思うことは、やはり、おとなはカウンセリングマインドをもっていないと、子どもの嘆き・悲しみ・怒りに、すっと手を差し伸べられないですよね。行動面の変化にのみの対応では、指導に終わってしまって、問題は解決しないのです。
ただ、カウンセリングマインドが、受容と共感のみを指しているのであれば、それだけでは十分ではないですよ、と言いたいですね。受容と共感は、基本だけど、さまざまな心身反応の仕組みをカウンセリングで伝える心理教育や望ましい体験の積極的提案もカウンセリングに含まれているんですね。
しかし、認知行動療法であるトラウマへの長時間暴露療法をわが国で中心的に展開している飛鳥井望先生は、共感性の乏しいセラピストは、この技法を使わないで欲しいといわれていました。
ですから、カウンセリングということばに、受容・共感・心理教育・望ましい体験の積極的提案、ということが含まれていることが、重要になるんですね。「カウンセリング」や「心のケア」は、広く、周知されてきたので、これらの言葉を、積極的に、世間にアピールする方が得策だと思います。
沖縄は、もう一度、ゆっくり行ってみたな、と思いましたね。
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