インドネシアでのツナミ地震後の子どものためのトラウマカウンセリング・プロジェクト5 MISSING(行方不明)という苦悩
ツナミは、アチェで、死者131,029人と、行方不明者(MISSING)37,603人をもたらしたとされている(Wikipedia)。
通訳のクミコさんが、私たちに語ってくれた。
「最近、ジャワ島東部で、ツナミで行方不明になった子どもが、発見されたんです。当時の混乱につけ込んだ人身売買のグループの犯行だったんです」。
このニュースは、ツナミで家族が行方不明となった者に期待の気持ちをもたらした。しかし、その期待は苦悩なのである。
ワークショップに参加したある教師も、夫が行方不明という苦悩を抱えていた。しかも、ツナミのあとに、夫をみかけたという人がいたという。そのことは、自分がツナミに呑まれて命を脅かされたことよりも、はるかに彼女に苦痛をもたらしていた。
遺体がないというのは、なんと残酷なことなんだろう。喪の作業を進めることができない。どう、この事実を受けとめたらいいのだろう。おそらく、その場面の繰り返しのイメージ想起では、その苦悩は和らぐことはないだろう。
一方で、その人と過ごした思い出のページは、確かな事実として、心に描くことができるだろう。それが、さまざまな症状から解放する鍵になるのではないだろうか。
今回のセミナーでも、ツナミに呑まれてわが子や伴侶の手が離れていった方の声を聴いた。
まもなく、ツナミから3年目を迎える。子どもたちの無力感(「どんなに勉強してもあんなツナミがくるんだったらいっしょ」と遺された者の自責感情(「私があのとき・・・していれば」)にどう対処するかが、回復と再建の鍵であろう。
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コメント
>当時の混乱につけ込んだ人身売買のグループの犯行だったんです
人の善良さとかそういうものも根こそぎはぎ取るような犯行ですね。
驚くと同時に、そういう発想にすぐ転換できてしまう人間の怖さを感じます。
遺体がないと、喪の作業を進められないというのは、どんな人種でも宗教でも関係ないのかもしれませんね。
アメリカの9.11では、まだまだ遺品や遺体の一部を遺族に届けるための作業(DNA鑑定も含め)が果てしなく続いていると聞きます。
投稿: takamura | 2007年9月19日 (水) 00時48分